2010/11/13

無駄を省いたその果てに

これもTwitter発で恐縮ですが、数日前の深夜に思いついたことを基点にしていろいろ考えました、その軌跡を残しておきます。


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ちょっと短絡的ですが、いわゆる「中抜き」が進んでいくとすると、これまでその「中」で働いていた人たちはどうなってしまうのだろう?
こんな疑問がふとわいてきました。 
インターネットのおかげでいろんなものの作り手と消費者の距離が縮まってきつつあるなかですので、検討してみたいと思います。


例えば、若干の正確性を欠いていることをご容赦願いつつ、

◯ 小説家→出版社・印刷会社・書店→消費者

◯ ミュージシャン→レーベル・音楽出版販売会社・CDプレス工場・物流倉庫→消費者

◯ 農家→農協・スーパーマーケット→消費者

◯ ニュースソース→マスコミ→消費者

etc…

効率が良くなっていくということは、文字通りのことであります。
これまで最初の生産者と最終消費者の中間をつないでいた仕事について、量的な重要性は相対的に減少していきます。

当然かもしれないですが、効率化を進めることは大事だと思います。
けど、これらの「中」で働いている人の数はきっと膨大で、そのまま皆さん失業というわけにもいきません。
そういう産業に就いてしまったが運の尽き、先見性のなさ、自助努力で何とかしてね、という切り捨ても理屈上はあるでしょうが、しかしそれではこれまで物流等を担って経済発展に対して多大な寄与をしてきたこと、その貢献とバランスしません。
相対的な重要性は減少しようとも、細かい是非はさておいても、それぞれ必要な仕事であると考えますので、冷たく切り捨てるのはやはりおかしいと思います。




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しかし。

個人的に、会社組織が倒産する場面に内側から立ち会った経験がある者として、会社というものは簡単に潰れてはいけない社会の公器だと思っています。



もうそれは、結構大変なことなんです。
変革だとか変化への対応だとか格好いいことを普段は口にしても、それらは会社が明日も存在している前提、自分や家族が健康に存在していることが前提なんだな、ということがよくわかりました。

なので、私はリストラ等の倒産回避行動はやむを得ないと今は思っています。
(当時は潰れる直前まで戦え、このへっぽこ経営陣、自主廃業はないだろ、などと思っていましたが…)
リストラに至る前に何とかする責任がもちろん経営陣にはあるわけですが、それはまた別の話として。


雇われるほうだってですね、実はいろいろな自由を捨てて会社に雇用されてるのです。
伝統的には副業禁止、会社の業務に専念する義務があって、その見返りとして会社は終身雇用、年功序列による処遇をしてきました。サラリーマン側の流動性は完全に犠牲にしてきていたわけです。
だから、いったん雇ったのだから、あっさり潰れるな、傾くな、という思いは強いです。だったら最初から副業OKにしとけ、9時5時の拘束をもうちょっと緩和しろ、などなど。

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そういうスタンスであると言ってしまった以上、とはいえうまい方策はまったく見当もつかないですが、倒産回避のリストラという流れの中で期せずして会社から放出されてしまった人たちもそれなりに生きて行けるようなうまい方法がないものかどうか、いつも考えてしまいます。
リストラでなくても、会社が嫌になったとかそういうネガティブな動機でもいいと思います。
それでも生きて行かなきゃならないし、何かできることがあるはずで、そういう人たちも活発に商売できるようになれば、社会全体の経済への影響も大きいのではないかと思います。
リストラした会社は効率が上がって、その恩恵は顧客に対して価格の低下(あるいはサービスの充実)という形で還元され、浮いたお金が被リストラの方達の新ビジネスに流れる…。悪くない形だと思います。


こういう経緯なので、個人事業主・フリーランサーの方や中小企業の経営者の方の応援を全力でしたいという気持ちがあります。
僕ら個人個人がそのレベルで食っていけるようになること。その方法を提示できるかどうか。
ここにこだわりたい気持ちがあります。

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